ここに少年が大麦のパンを五つと小さい魚二匹持っています。しかし、こんなに大ぜいの人々では、それが何になりましょう。(ヨハネ6:9)
パン五つと魚二匹で五千人の男を養った記事です。五千人の奇跡です。弟子が言ったとおりです。
パン五つと魚二匹では、こんなに大ぜいの人々ではそれがなんになりましょう。私たちの現実を見るとき、それが何になるでしょう。こういった出来事の連続です。
それは自分の見える世界での判断です。人それぞれの経験、知識の範囲内でしか物事を判断できません。そして結論を出してしまいます。
弟子たちの結論もそうでした。五千人もの人がいるのにわずか五つのパンと魚二匹それがどんな役に立つというのでしょう。
イエス様の世界は違います。
捧げられたパンと魚、これがどれほどこの少年にとって大事なものであるかを知っていました。
彼らの貧しさは一日中イエス様につき従いながら、誰も自分の食べる食事を持っていなかったことからもわかります。社会的にも相手にされない人々でした。
イエス様は少年の犠牲に対してあふれるほどの恵みをもって報いてくださいました。五千人が食べてなお余ったのです。これほどの祝福があるでしょうか。
自分の存在自体が、あるい自分の犠牲が何になるでしょうと思えるほどに小さなものであったにしても、その価値を認め豊かに恵んでくださるイエス様に目を向けましょう。
主の祝福をお祈りしています。
佐々木 博
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