2009年7月20日月曜日

今週の聖句

そのころ、イスラエルに王がなくめいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。(士司記23:24)

ヨシュアが死んで後、王政が確立されるまでの間に活躍したカリスマ的指導者「士師」の活動を記したのが士師記です。まだヨシュアの指導力が残っていた間は良かったのですが偶像崇拝がすすみ、国が乱れてくるとイスラエルに王がなくめいめい自分の目に正しいと見えることを行っていました。

国を指導すべき真のリーダーを失ったときの民の混乱を現わしています。各自が自分の目に正しいと見えることを行っていた。国のありさま、混乱が目に見えるようです。

わたしたちも王なるイエスを心のうちに戴いていないと、同じように自分の目に正しいことを行っています。その結果は以下のとおりです。

かれらは、あらゆる不義とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと、悪だくみでいっぱいになった者、陰口を言うもの、そしるもの、人を人と思わぬ者、高ぶるもの、大言壮語するもの、悪事をたくらむ者、親に逆らうもの、わきまえないもの、約束を破るもの、情け知らずのもの、慈愛のないもの。(ロマ1:29~31)

厳しい暑さが続いています。祝福をお祈りしています。

幕張本郷クリスチャンコミュニティ
佐々木博

2009年7月13日月曜日

幕張本郷クリスチャンコミュニティ(MHCC)1周年記念聖会のお知らせ

*MHCCの1周年記念は無事終了しました。お祈り感謝します。よき学び、交わりが与えられました。引き続きお祈りください。弱い小さな群れです。お祈りください。

学びの内容
幕張本郷クリスチャンコミュニティが目指すもの
わたしたちはどんな教会ですか・存在の意味・行動指針
アクションプログラム等を学びました。


幕張本郷クリスチャンコミュニティ1周年記念聖会
2009年8/16(日)午前11:00~3:30 入場無料
幕張本郷クリスチャンコミュニティー(MHCC)
千葉県千葉市花見川区幕張本郷3-5-30
地図はこちら (JR幕張本郷駅から徒歩10分)

<スケジュール>
11:00~12:00 1周年記念感謝礼拝
12:00~1:00 愛鬖会(昼食会)
1:00~3:30 ビジョンの分かち合い
幕張本郷クリスチャンコミュニティ(MHCC)について、「どんな教会なの」「なぜそのような教会なの」「教会が大切にしたいもの」などをテーマに学びの時を持ちます。

<お問い合わせ>
幕張本郷クリスチャンコミュニティー(MHCC)
千葉県千葉市花見川区幕張本郷3-5-30
電話: 043-275-5254

今週の聖句

さて、兄弟たち、私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたい。(ピリピ1:12)

パウロの身に起こったこととは、ローマ市民の権利を用いて不当逮捕に対し上訴権を使って皇帝の裁判を受けようとロ-マに囚人として送られたことです。

パウロは捕らわれの身でした。この不幸な出来事が福音の前進に役にたったというのです。使徒の働きを読んでいますと実にさまざまな出来事が記されています。

しかし、福音の力はむしろ妨害が起こるところから広がっています。

パウロの不当逮捕はユダヤ人たちの誤解によるものですが、ローマ皇帝への上訴は彼の必死の生き方なのです。パウロは自分の正当性を主張しました。その結果がローマへの道でした。

神様は不思議な形でローマ伝道の道を開きました。神様の救いの計画の不思議さに驚きます。いまあなたはどんな状況ですか。

祝福をお祈りいたします。

幕張本郷クリスチャンコミュニティ
佐々木博

2009年7月6日月曜日

今週の聖句

私は祈っています。あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり・・・(ピリピ1:9)

ピリピ教会とパウロとの関係は大変良好でした。この手紙が書かれた時も、パウロはローマで捕らわれの身でしたが、この囚人パウロに物心両面の援助だけでなく、エパフロデトを送ってパウロに仕えさせたのです。いかにピリピの人々がパウロを愛していたがわかるでしょう。その愛に富んだピリピの人にさらに愛が豊かになるように祈っているのです。

愛の人には愛がわかるのです。信仰の人には信仰がわかるのです。祈りの人には祈りがわかるのです。愛のピリピ教会にさらに愛が豊かになるようにと祈っているのです。

それは知識において、識別力においてです。それも豊かにです。豊かとは満たされてあふれ出る状態を言います。

愛は対象の必要を感じて助けてしまうのです。助けるとさらに必要を知るのです。

あらゆる識別力によってその必要が吟味されます。愛する対象に真にプラスになるのか絶えず吟味するのです。なぜならキリストの愛がそのように教えています。

祝福がありますように。

佐々木

2009年6月29日月曜日

今週の聖句

あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜わったのです。(ピリピ1:29)

キリストを信じる者の人生は苦しみをも賜わるのです。苦しみを賜わったパウロの人生こそ、イエスを信じる人生でした。

私の労苦は彼らよりも多く、牢に入れられたことも多く、また、むち打たれたことは数えきれず、死に直面したこともしばしばでした。ユダヤ人から三十九のむちを受けたことが五度、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。(Ⅱコリント11:23-27)

パウロの裏側の姿が描かれています。この人生は彼の望んだものではありませんでした。しかし、彼の人生はダマスコで復活の主に出会って全くかえられたのです。

私は八日目の割礼を受け、イスラエル民族に属し、ベニヤミンの分かれの者です。きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です。(ピリピ3:5-6)

それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。(ピリピ3:8)

祝福と恵が豊かにありますように。

佐々木

2009年6月22日月曜日

今週の聖句

主に心から喜び楽しんで仕えようとしないので、あなたは、飢えて渇き裸となって、あらゆるものに欠乏する。(申命記28:48)

申命記28章は神の祝福と呪いが列挙されています。旧約の神様は、主の御声によく従い、主の命令を守り行うなら祝福され、聞き従わず、守り行わないなら呪われるのです。

その呪いの一つが48節の言葉です。

わたしたちが教会生活を送りながら、経済的に苦しい、厳しい生活を送っているなら、あなたの奉仕が貧しい結果だと教えています。

私たちの奉仕の姿勢が、主の呪いの一つになるというのです。本来奉仕は喜びと謙遜の現れです。

私のようなものが救われた。私のようなものを用いてくださった。ありがたいと謙遜と喜びからスタートするものです。しかしいつの間にか喜ぶことがなく、まして楽しむことなどできなくなるのです。

奉仕は不満の種になり、さばきの場となりうるのです。教会の顔と家に帰っての顔が違ってしまいます。

私は礼拝後兄弟姉妹が和気藹藹と交わりながら伝道のために、教会学校のために準備をする。そうした奉仕に参加をし光景を見るのが好きです。

現在、経済はとても苦しく、時間もなく教会の奉仕などとんでもない。できませんといった方々が多いと思います。

むしろ礼拝を守るだけで精いっぱい。生活第一、家庭第一、奉仕は二の次、三の次といったところでしょう。

あなたの経済の貧しさを主の呪いと聖書は教えています。それは奉仕の姿勢、信仰の姿勢にありとおしえています。もちろんこれは旧約的表現です。

新約も同じことを教えています。

まず神の国とその義を第一に求めなさい(マタイ6:33)と教えています。そうすれば私たちの必要は満たされるのです。

どうですか思い切って、この厳しい世の中、聖書の教えに従って喜んで主に仕えませんか。現状が変わります。豊かになります。

今週も主が共にいますように。

佐々木 博

2009年6月15日月曜日

今週の聖句

あなたの神、主を心に据えなさい。(申命記8:18)

面白い表現です。

申命記8章は荒野での40年の全行程を覚えていなければならないと教えています。

あなたを苦しめて、あなたを試み、あなたがその命令を守るかどうかあなたの心の内にあるものを知るためであった。

わたしたちの心のうちとは私たちが食べて満ちたり、立派な家を建てて住み、私たちの牛や羊が増え、金銀が増し、私たちの所有物がみな増し加わると私たちの心が高ぶり、私たちの神、主を忘れてしまうのです。人の変わらない姿です。こうした意味で荒野での40年は意味がありました。

荒野での試みは、あなたがたが心のうちで「この私の力、私の手の力がこの富を築き上げたのだ。」といわないように気をつけることなのです。これも私たちがいいそうな言葉です。しかし聖書信仰は絶対他力、神の力によるものなのです。

荒野での40年の奇跡を見れば如何に自分たちの力が無力なものであるかを知るはずです。奴隷の家エジプトから連れ出し、堅い岩から、水を流れ出し、マナを降らせ、燃える蛇やサソリのいる荒野を通らせたのは神の力なのです。

これはほかでもないあなたがたを幸せにするためなのです。

だからあなたの神、主を心の中心に置き、揺らぐことなくこの神に信頼することが祝福の基なのです。

この厳しい不況の中、まったく自分を捨て、神に信頼する者の祝福を経験しませんか。あなたの荒野を導く神を心に据えましょう。

祝福をお祈りします。

佐々木 博